2009年12月30日水曜日

市場の失敗とは

一般に法による市場の介入が正当化されるのは「市場の失敗」がある場合に限られる。
では、市場の失敗とは?
公共財他人を排除することが不可能でかつ競合的でない財・サービス
 (例;防衛、外交、渋滞していない一般道路)
外部性:市場取引を通じないで、他人にもたらす利益又は不利益のこと。
 (利益=外部経済;〔例〕屋上緑化、不利益=外部不経済:〔例〕公害)
取引費用財やサービスの取引に際して要する時間・労力・金銭などの負担。
 取引に関して常に交渉、訴訟、強制執行等が必要である状況下においては、本来は交換の利益を生むはずの市場が縮小しかねない。(逆説的にそれらを極小化するために法整備が必要)
 【参考】「コースの定理」:権利が明確に法に記述され、その実現や移転のための取引費用がゼロであるならば、誰にどのような権利を配分しても常に資源配分が最適化される。
情報の非対称:消費者と生産者の間で知る情報に格差がある場合。
  (例:建築確認制度、消費者保護制度)
独占・寡占・独占的競争
  ・独禁法:独占や寡占による非効率緩和
  ・特許法、著作権法:人為的な独占状態の創出による技術進歩や文化的創造の促進

昭和の名残

 名古屋には昭和の香りを残した商店街や路地が点在する。
 その代表格が吹上から滝子にかけて昭和区を南北に貫く「郡道」である。(正確には千種区の古井坂から南区の呼続まで) 1909(明治42)年に完成したというから、奇しくも今年100周年を迎えたわけだが、その沿道の佇まいはこの一世紀の人々の営みを我々に伝える生きた教科書である。
 その昔、名古屋が「古井坂村」「御器所村」など村に分かれていたころ、それらを結ぶ「愛知郡」の主要道路として供用された道路であり、今も交通量は多い。一応、片側一車線の対面通行であるが、昔の街道ゆえ、両脇の家屋兼店舗や電柱の圧迫感があり、東京や京都の道路並に狭い(下手すれば名古屋市内の一通の道より狭小)。ここは車よりも、徒歩あるいは自転車での散策をおすすめする(もちろん通行車両には十分きをつけて)。
 さて、気になる沿道の顔ぶれだが、まず外せないのが昭和の家屋風のコメダ珈琲店。今や東京・大阪にまで進出し、駐車場完備の路面店が主流のコメダ。が、ここ郡道沿いのコメダは、下手すれば民家として通り過ぎてしまうほど、ごくごく沿道の昭和の景色にマッチしている。そして奥にいくにしたがって、理容店、町の電気屋、金物屋、写真スタジオ、洋服店(ブティック)などノスタルジーを禁じ得ない店舗兼家屋のオンパレードである。沿道にはドラッグストアはあるが(かなり浮いている)、コンビニはない。そして、地方都市でありがちなシャッター街でもない。多くのお店は今も地域の住民の生活とともに歩んでいると思って間違いない。想い起せば、私の故郷でも幼少時は、こういったお店が元気であったし我々の生活を支えていた。こういった道並びに沿道の賑わいは本当に貴重であり、末永く保存しておきたいものである。

2009年12月27日日曜日

00年代とは何だったのか

 つい先日、WSJの記者がニュースで、この10年を総括して"Reality show decade"と表現していたが、まさに言い得て妙だと感じた。確かにアメリカでは、"Survivor" に端を欲した空前のReality Show ブーム。見ず知らずの男女の共同生活を追う“Real World"、不動産王Donald Trumpの出資を受けんがために凌ぎを削る"Apprentice"、スター誕生的要素の“American Idol”、 さらには台本なしのドラマ“The Hills”などあらゆるフォーマットに、“Survivor”の手法は浸透、これらに共通する生き残りをかけたドラマこそが現実であると大衆に錯覚させ続けたのがアメリカという超大国であり、その影響を逃れられない我々も、現実をサバイバー的フィルターを通じて見るよう馴らされてきたように思う。(現に日本のTV業界でも、ここ10年受けたソフトといえば、「M-1」やT○Sの臭いスポーツ番組など、勝負の過程を見せて最後に笑った者を祝福する一定のフォーマットに従っている。今やそのTV業界自体が敗者になりつつあるが)
 あらゆる者が何らかの理由で脱落してゆき最後に島に残ったのはたった一人。そして脱落した者たちも見どころがあれば拾う神もあり、勝者となってもその後も輝き続けるかどうかは本人次第・・・。これは何も企業間の競争やスポーツ界のみで見られる現象ではない。社内の業績評価、受験、就活さらには婚活、など人生はこういったシチュエーションの連続だ。そして、それらが電波やネットを通じて配信され、個々が親身に感じる、そして自分たちも同じ状況である、あるいはもっと面白いドラマがある、とネットを通じて配信する、このループ、いや増幅こそが00年代の(有って無いような)本質ではなかろうか。現実とは何?と実感するに、電波やITを通じて確認できるものがないと心もとない。大事件からゴシップ、日常生活に至るまで。。。その方向を決定づけた要因のひとつに9.11がある。あれほどの歴史的大事件がTVを通じて世界に配信される。配信されたものは即座に共通言語になりうる。が、その現実がTVやネットを通じて知り得た事実なのか、生身の人間として体験したことなのか、境界が極めて曖昧になってきている。そして生身の体験もTVやネットに溢れるフォーマットに変換せん、とする人間がいる。(と、これらは私自身のこの10年間の回顧なので反論は大いにあろうが)
 私自身、反省として人間として生身の体験を、周囲の情報に惑わされることなく受け止め、生成し、アウトプットする力が著しく低下していると感じる。虚実ないまぜの00年代の空気に翻弄された、などと愚にもつかぬことをほざくつもりはない。着地点がよく見えなくなってきたが、とにかく生きている実感の持てる来るべき10年代にしたい、とでもして締めくくっておこう。

三角関係と二転三転の結末、そして容姿良し

 の映画と言えば、かのWoody Allen師匠の近作 "Match Point"(2005) が頭をよぎるが、実はその2年前、同じイギリスを舞台にして撮られた作品があった。その名も
"dot the i"
 i の最後に点を付けなさいよ、日本で言えば「画龍点睛」か・・・欠けていた何かがラストに味付けするんだろうな。にしても、たかが “i” で念押しされるってどこまで横着なんだよ欧米人(ちなみに"cross the t" という表現もあるらしい)、と思いつつ軽い気持ちで見始めた本作であるが、欠けていた最後のピースは“i” のドットどころじゃない、この怒涛のラストには感服した。前出の"Match Point"の偶発的ながらウィットに富んだラストも秀逸だったが、本作はそれに人為的すなわちサスペンス的要素を加え、完全に見る者を欺き、真の勝者が誰なのか最後までわからない仕掛けづくりに成功している。監督についてはあまり情報がないが、作中に溢れる「映画至上主義」的メッセージかの鬼才John Watersの“Cecil B”(2000)を彷彿させる。映画の芸術性を保たんとするヨーロッパ的精神に久々に触れることができた。Viva anti-Hollywood!!
 最後まで他作品との比較で恐縮ながら、本作には、(監督は望まないだろうが)“Open The Eye"(1998 スペイン)のようにハリウッドでリメイクされるに十分な素地はある。が、仮にあったとしても作品として決してオリジナルを超えることはないであろう。なぜなら、本作のキャスティングが素晴らしく絶妙だから。 

2009年12月19日土曜日

海上のブレアウィッチ

“Open Water” (2003米)
 舞台は恐らくカリブ海。バケーションでスキューバを楽しみに来たはずの夫婦が、引率者のミスで海のど真ん中に置き去りに。。。実話に基づきながらも、低予算で恐怖の極限をリアルに表現する作風は、“The Blair Witch Project"(99米)を彷彿させる。
 恐怖の最大の要因はサメ。決してJawsのような大型のホオジロザメが出るわけではなく、中型のサメ(ネズミザメ?)が2人の周りを不定期的に徘徊し、時に攻撃を仕掛けてくる。そのジワジワ感といつ襲ってくるかわからない恐怖が2人を追いこんでゆく。そして、体力の消耗。水温により体温を奪われ、昼間は太陽に照りつけられ、夜は雨に打たれる、更にはどちらが陸方向がわからない、という過酷極まりない環境の中で、いかに生への希求を見出すか、というのもこの作品の柱である。圧巻はラスト10分。夜の嵐の海でサメに襲われる恐怖を、稲光によるフラッシュ映像と音声のみで表現する、そして朝になってようやく捜索部隊が動き出したが。。。南米の奥地をイメージさせる暗い民族音楽調のBGMが切なさを増幅させる。
 こんなにも、家のリビングでくつろいで見ていることに罪悪感を覚える映画はそうそうない。

2009年12月12日土曜日

闇金くん

 以前にも登場した『闇金ウシジマくん』。
 entry 「最近の漫画」
 今年のスピリッツでの連載の大半を占めた「楽園くん」編が遂にエンディングを迎えた。ファッション雑誌の読モになる、という刹那的な夢を追って都心に出てきた若者の波瀾万丈記、なんとも甘酸っぱく切ない幕切れであった。終わってみれば個人的には「フリーターくん」「サラリーマンくん」に匹敵する名作・大作であったと思う。毎週の漫画誌発売日を楽しみにするなんて中学時代以来のこと。主人公・センターTこと中田君に触発されて、マジでオシャレな服でも買ってみようと思ったのも何年ぶりだろうか(本当、いい年して馬鹿な自分)。そしてこの2009年、クサナギ、のりピー、押尾、市橋らがお茶の間の主役となった現実と微妙にシンクロしながら進行していくという奇跡のような展開も面白さに拍車をかけたことに違いない。(実際、事件直後の連載でクサナギを揶揄したリリックが出てきたのには笑った)。婚活詐欺女なんかにしろ、以前のこの漫画でデジャヴ的要素満載だし(肉まんま?)。本編を通じて感じたのは、以前と比べて人間味のある登場人物が増えたこと。悪役も以前よく出てきた理解不能のアウトロー、というだけではなく親しみある人間を「ちゃん」づけし、時には弱みも見せて「こいつ、実は面白い奴では?」と思わせるいかにもいそうなタイプになってきている。よりリアリティのある話に仕上がった、というのは決して現実とシンクロしただけが要因ではない。作者がストーリー、人物描写とあらゆる面で円熟の極みに達した証しでもあろう。
 そして今週からいよいよ始まった新シリーズは、その名も「闇金くん」。ここ最近、狂言回しに徹していた本来の主人公・ウシジマが久々に物語の中心となる。ゲームでいえばラスボス登場、この漫画もいよいよ終焉に向かって動き出したことを告げるオープニングであった。また、毎週月曜を楽しみにする生活がしばらくは続きそうだ。

2009年12月7日月曜日

電子マネーの今後

 Edyでお馴染みビットワレット社。ソニー、NTTドコモ、トヨタ、三井住友など複数社の出資により成り立つ同社が、この度、楽天の連結子会社となることになった。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0911/05/news071.html
 2001年のサービス開始以来9期連続赤字。2009年3月期も57億円の赤字を計上(2008年3月期の同68億円より改善したとはいえるが)。累損は380億円、第三者割当増資の繰り返しにより膨らんだ資本金は393億円。早晩、行き詰るであろうといわれた電子マネー最大手。今回のdealはまさに救世主登場ともいえるが、現筆頭株主であるソニーによっては、自社のFelicaが電子マネー業界でも汎用性のあるプラットフォームとなった今、Edyの手放しは厄介払いともいえよう。
 
 では、なぜこんなに巨額赤字を抱えることとなったのか?赤字額が過去最大となった2008年3月期の内訳を見てみると、売上高41億円に対し、営業費用92億円。売れば売るほど赤字となる負の構造が見てとれる。費用の多くはシステム開発費と新規店舗開発費であろう。同じく電子マネー2番手、3番手が交通インフラや小売といった決済基盤を抱えるのに対し、メーカー主導のEdyはdisadvantageが大きい。例えば機器一体設置に10万円かかった(かつては本体だけで30万円)として、それを回収するには、手数料2%と仮定して、Edy決済で500万円の売上が必要。街中でよく見かけるようになったように見えるとはいえ、電子マネーによる決済率はせいぜい全売上の2%程度。単純計算で設置店舗の売上が2.5億円に達したところでようやく10万円の導入費をペイ出来るけことになる。実情は異なるであろうが非常に非効率なビジネスモデルであるといえる。電子マネーが今後生き残るには使用率の拡大、ハード・ソフトの低コスト化は必至である。



【参考】
http://www.nec.co.jp/finance/feature/review080601.html
http://card.benrista.com/essay_card167.html

2009年11月17日火曜日

King is on the stage

少し古くなったが、“This is it”。
 決して涙を誘う類の映画ではないと思う。ただ半世紀にわたり人類へのGiftとして実在したMichealという生命体のもつエネルギーに圧倒される。映像は、淡々と死ぬ直前のMicheal Jacksonのリハの様子を追い続ける。往時の名曲が2009年風にアレンジされ、パワーアップしてスクリーンに再現される。(PVのセルフ・リメイクは斬新。“Thriller”, “Beat it”, “Smooth Criminal”...数々の歴史的PVを残したMJだからこそ成り立つモデルか)
 まさに、前宣伝にあったように、MJのショーを最前列で見ているような贅沢さ、しばし死者と生者という境界、そして勘繰りを完全に忘れてしまう。そして、いい味を出しているのが、幻の“This is it” Tourに参加予定だったクルー達。厳しいオーディションを勝ち抜いた者、以前からMJから見初められていた者(金髪の女性ギタリスト too cool!)、ゲスト参加の者、それぞれの立場でリスペクトするMJのショーを精一杯盛り上げようとする。完璧主義者であるがゆえ、時には厳しくスタッフに意見するMJ。そんな自身の言動によって場の雰囲気を壊さないようにフォローするMJのひと言が最高である。 “I'm not angry. It's love." 

反面教師のプロジェクトX

『ロズウェルなんか知らない』by篠田節子
 篠田節子のアイデンティティといえば、元公務員(八王子市役所)という市井人・職業人的視点から、世相・事件の内側をさらけ出し、「あなたの周りでもこんな騒動は起こり得ますよ」と警鐘を鳴らす、あるいは滑稽さに拍車をかけてとことんエンタメ化する、「劇場型○○(事件or犯罪or政治or)」の狂言回し的作風であろう。
 「UFOによるまちおこし」をテーマを据えた本作においてもその真骨頂は遺憾なく発揮される。舞台のモデルは山梨あたりの寂れた温泉街か。そこに住む若い衆(といっても40前後)のちょっとした気まぐれが、UFOスポットとして、突如オカルトマニアを発火点とした脚光を浴びることになり、そこに住む人々の生活を翻弄していく・・・。世代の断絶、都市と地方の格差、といったやや普遍性を帯びた構造的問題が物語の根底にあるわけだが、それらを最近とみに弱者に容赦なくなったネット掲示板やマスコミがここにも登場し、増幅させ、あげくの果てには田舎に住む人々を翻弄してゆく。さらには、ビジットジャパン、モンスターカスタマー、などなど昨今の世相を反映する設定や登場人物が散見され、作者が00年代をどのように捉えているかがうかがわれ、非常に興味深い。これを読めば、最早、手つかずの辺境、喧噪とは無縁の田舎暮らしなど日本ではあり得ないことを実感させられる。
 ちなみに、タイトルはアメリカで約半世紀前に起きた有名なUFO事件らしいが、私自身知らないのはさておき、作者も本当に知らなかったと吐露している(あとがきタイトルが「ロズウェルなんて本当に知らない」)のには笑った。SFやオカルトを出発点として、それを対極のビジネス・ドラマに昇華してみせたひとつの到達点とでもいうべき作品である。篠田節子作品は、本作に限らずどのジャンルにも縛られないし、逆にどのジャンルでも通用する厚みと深みを持ち合わせている。

2009年11月6日金曜日

遠ざかっていくミステリー作家

「ダーク」by 桐野夏生
主人公である女探偵・村野ミロはじめ登場人物のすべてに共感できず。
 「水の眠り 灰の夢」に端を発する村野シリーズの最終版となる本作であるが、ミロの父である村野善三(新聞記者からヤクザの事件屋になった男)が他界、父殺しの嫌疑をかけられたミロが追われ、偽造パスポートまで作って韓国に逃亡、そこでキメ・セックスや偽ブランド商に手を初め、日本人の商社マンにレイプされ、だんだんとアンダーグラウンドの深みにはまっていく、というのが大まかなストーリー。
 行動はすべてにおいて過剰であるが、心理描写が貧弱ゆえ、その行動原理が全く理解不能(例えば、急にレイプされて出来た子供を産みたいという下りなど)である。「OUT」や「柔らかな頬」のような作品はもう描かないのであろうか。これはごまんとある読み棄てノワール小説、即ブックオフ行き決定。

2009年10月11日日曜日

名駅高層ビル群の下で


 中川運河より名駅3タワーズ+1(タワーズ、ミッドランド、スパイラル&ルーセント)を臨む。
 名古屋駅から名古屋港までを結ぶ中川運河は名古屋の水道脈といっても過言ではない。沿岸には町工場や倉庫、ロジセンターが数珠つなぎに並び大小のトラックが行きかう。そして、川面にはときどきニシン科のコノシロが飛び跳ねる。数十年は続いているであろう工業都市・名古屋の日常を見守る中川運河。その中川運河のコノシロが先ごろ(10月8日直撃)の台風18号の影響で大量死したらしい。報道によると、増水により川底のヘドロが巻き上げられ、酸素不足で約1万匹が死んだらしい。タフな環境にもかかわらず、高層ビルを見上げ逞しく生きる当地区の企業群にどこかしら通じる存在だっただけに非常に残念である。

2009年8月31日月曜日

Change in Japan

On Sunday, Japanese voters saw a historic change in the government.
The current ruling party Liberal Democratic Party was completely beaten by the opposition, Democratic Party of Japan. Surprisingly enough, even the current ministers were to be replaced by new candidates from DPJ in many districts. Also those candidates who renewed the LDP by their youth and passion at the last election supported by the former Prime Minister Juniciro Koizumi has mostly rejected in their districts.
It seems to be unavoidable that Prime Minister Taro Aso steps down from this post. On a TV show, he commented that the result of this election reflects dissatisfaction and distrust towards LDP piled up for a long time.

2009年8月18日火曜日

電光石火

 黒い閃光 ウサイン・ボルトが北京を席巻してほぼ丸1年、今度はベルリンで自身の持つ記録を0.11秒も更新する100m 9秒58という驚異的な記録を出して圧勝。2位のタイソン・ゲイ(米)も9秒71という素晴らしいタイムだったが、最早人類最速という言葉では語りえない聞こえる高みに一気にステージを上げてしまったボルトにはただただ驚愕するばかりだ。北京のレースでも最後流してなければ、という議論はあったが、今回もラスト少し流しているように見えるのは気のせいだろうか。まだ、この記録ですら通過点に見えるのが今のボルトの勢いである。
 今後、ベルリンでは200mに再登場するボルト(あのM・ジョンソンの記録をたった12年でブチ破った北京が思い出される)。今後、彼は人類にどんな驚異を与え、時代を駆け抜けていくのであろうか。

2009年8月5日水曜日

消費傾向の変化、軍事とイノベーション他

From Business Week Aug 3

Ⅰ.The increadible shrinking boomer economy
 アメリカにおけるベビーブーマー世代(50代後半~60代前半)は、ここ10年(サブプライム以前)の生産と消費の主役であった。(1995~2005年におけるGDP成長の78%が彼らによるもの、また彼らのうち約7割が老後に対する蓄えを持ち合わせていないという) が、彼らの体力が低下し、また昨年来の世界的恐慌により、消費性向の変わった彼らに従前のやり方でマーケティングするのは無理であり、また彼らをメインカスタマーとしてきた業界はデモグラフィック的ターゲティングの再構築のポイントにある。いわば、彼らの「宵越しの金は持たねえ」的メンタリティに支えられてきた米経済は、必然的に曲がり角を迎えていると見てよいだろう。(サブプライム、リーマン・ショックはそれを早めたのみか)
 社会全体の消費力が落ちるときの再生のヒントは、1929年の恐慌あとのGMの動き~Hi-endのCadillacのみならず、1934LaSalleなど大衆車の開発により新たなセグメントを開拓~にある、と同記事は締め括っている。

Ⅱ.Can the military find answer to alternative energy?
 「必要は発明の母」というが、US Militaryは人類のイノベーションのまさしく母たる存在である。過去、そこを端緒として発展した例は、インターネット、GPS、半導体、UNIXと枚挙に暇がない。彼らにとって現在の火急的課題がクリーン・エネルギーである。アフガン・イラクに駐留する米軍の電力の用途の大半は、電灯・冷蔵庫・PCなどいわゆる日常生活にかかる部分である。アフガンで言えば、バッテリー交換のために近隣諸国まで出歩かなくても、例えば同国に植生する植物から採取されうるエネルギー、が必要とされているのである。現在、Alternative Energyに関するベンチャー企業が雨後の筍状態で増えているUSであるが、US Militaryにおける実用研究がそれをリードしてゆく可能性は高い。
 イノベーションに関して、あくまでも個人的見解であるが、着想はUS、研磨は日本、両方を独自で完結できるのがドイツ、という気がしないでもない。

Ⅲ.Where Discounting Can Be Dangerous
 昨年来の世界的恐慌以降、苦境に喘ぐTifanny、Chanel、Chloeなど高級ブランドが値引きを始めていることに関する記事。これに関してはこの一言が全て...
“Cutting prices quietly is certainly a much better way to do it than to advertise"

2009年8月4日火曜日

The Art of Deception

From "National Geographic" Aug 2009
擬態により捕食者から身を守るorアピールする昆虫・小動物たちに関する特集。
 周りの環境に合わせて色を変える、もともと葉や木の枝に似た色形、動物の目に似た模様などの例は枚挙に暇がないが、The Art of Deceptionはそのレベルでは満足しない。葉を左右対称に食べてゆき自身も葉脈の一部に見せかける尺取虫や、アリなど小昆虫に寄生し、その母体を赤く変色させることにより、食物連鎖上位の存在(鳥など)にアピールし、より大きな寄生母体を求める線虫など、一部においては人間より突出した知能が発達しているとしか考えられない事例もある。(線虫は貴志祐介「天使の囀り」の元ネタか。とすれば、ここに着目し、あれほどの長編に展開した作家の手腕にあらためて敬意)
 敵を欺く、或いは、生き心地のより良い環境を求める、という遺伝子は進化の過程で発達するものであろうか。だとすれば、ここに掲載の虫達が持つ、敵が何であり、何を好み、何を恐れ忌み嫌うかという情報が、彼らのArtの根源であり、高等知能にまで「見せかける」ことにより、我々を驚異させ、また楽しませるのである。

2009年8月3日月曜日

Vanishing Venice

National Geographicより
カーニヴァルの仮面はMade in China
よく「Venice を見て死ね」といったものだが、そのVeniceにも高齢化の波が。
多くのサービスが観光客料金に据え置かれているため、観光産業に従事する若年層には住みにくい街に。そして隣接する地中海の水位の上昇も深刻な問題だ。今、Veniceを守るため、多大なる努力が重ねられている。

2009年7月20日月曜日

74歳にして現役

ウディ・アレン監督最新作「それでも恋するバルセロナ」(原題“Vicky, Christina, Barcelona")
 ひとことで言えば、バルセロナを舞台に1男3女のひと夏の△or◇関係物語を描く、まんまバブル期トレンディードラマだが、これを74歳の監督作品と考えると凄いし、笑ってしまう。大まかなストーリーはナレーション任せ、あとは“Balcelona ♪ ”の軽快なフレンチ・ポップ調のBGMとスパニッシュギターを適宜流し、俳優たちの技と地の混在した演技をいかんなく見せてくれる。
 女性3人のうち、VickyことRebecca Hall と ChristinaことScarlett Johansson のみ出てくる前半はさもありなん、前者より後者の方が冒険好きで危険な香りを漂わせ、前者もどこかで後者に羨望に近い感情を抱き、思い切って、というごくオーソドックスな展開。が、ワイルドカード MariaことPenelope Cruzが出てきた途端その予定調和が崩れる。スカヨハの危険さなど比にもならない、時には刃物やピストルを振り回し、感情むき出しのスペイン語でまくしたてる本当の意味での危険人物として、圧倒的な存在感で物語を最後まで引っ張ってゆく。天才と馬鹿が混在し、さらにバイであるぺネロぺの登場により、スカヨハは完全にかすんでしまうが、ぺネロぺのテンションと突飛の行動にやや引き気味のスカヨハもまたラブリーである。にしても、この大物2人をレズ絡みさせたウディ爺は凄い!
 あー、バルセロナに行きたい!!

2009年6月30日火曜日

人類史上最高・最後のEntertainer

Micheal Jacksonの急逝から数日。
 思えば、私達の世代の洋楽への入口はMichealの"Thriller"であった(あの死霊の盆踊りPVは凡百のホラー映画を遥かに凌駕していた)。そして、87年バブルに沸く日本に、愛猿「バブルス君」と来日したMicheal。この年、当時の米・エンタメ界の双壁Madonnnaも来日するわけだが、彼女は過激なボンテージファッションと鍛え抜かれたアスリート並のボディで、バブル世代のね~ちゃん達に「カッコいい女性、自立した女性」を体現して帰ったのに対し、Moonwalkに象徴されるMichealは、どちらかといえばアイドル人気、しかし見た者全てに感銘を与える真のアイドル、まさに"King of Pop"であった。
 やがて時が経ち、私達世代の洋楽好きは、Michealを音楽的側面から評価することは皆無、というか恥ずべき過去扱い、せいぜい"Beat it"(邦題「今夜はビット・イット」)のEddie Van Halenのギターソロくらいしか語るに値しなくなった80年代末~90年代初め。そして、海外から伝えられる整形や奇行の数々、そしてついには幼児虐待の疑いで逮捕されたと聞くにつけ、Artistのみならず完全に人間として終わったと嘲笑半分、憐れむ気持ち半分であった人々が大半ではなかろうか(無罪放免のニュースも半分いくら積んだのかが興味の焦点だった)。がそれらのスキャンダルの数々は、"King of Pop"として史上最大のグローバル・スターとなり、誰しも昇ったことのない高みに到達した彼、すなわち強烈な落下エネルギーを持つ彼に畏怖し、何とか日常レベルに引き下げたいという我々の浅はかな願望と、それに嫌気がさしどんどん孤立化していくスターの醜い鬼ごっこであった。今、往年のPVを見て彼の別格さ、音楽的影響の偉大さを改めて感じ、メディアに振り回された自身の愚かさを思い知る。Michaelと同時代に生きられたことは幸福以上の何モノでもない。ありがとう、そして御免なさいMichael。

* Michealの死に関しては著名人・一般人問わず様々な名言が生まれているのでその一端を紹介したい。いずれも真なり。
・彼は神が遣わした50年限定の人類へのgiftではなかろうか。
・他界というよりも、Michaelからの「さよなら人類」
・人種差別というアメリカのロングランヒットの主人公
・生けるディズニーランド
・資本主義娯楽の権化~資本の暴力でメガヒットを生んだ最初で最後のスター

2009年6月21日日曜日

巨星墜つ

 すでに1週間以上経ってしまったわけだが、プロレス界を象徴するスター選手であった三沢光晴さんがリング禍で死亡した。81年デビュー、84年以降は二代目タイガーマスクとして活躍(初代との比較で当初はモッサリしているという評価が主流だったのも事実)、90年代は衝撃のマスク脱ぎに始まり(当時全日のエースだった天龍の脱退がなければこれもなかった?)、鶴田超え、いわゆる「四天王プロレス」を牽引し、全日だけではなくマット界のエースに君臨、00年代は全日を離脱しノアを設立、社長レスラーとして経営と現役の両面で活躍した。まさにマット界の至宝と呼ぶにふさわしい(現役第一線でこの称号に見合うのは武藤、小橋くらいか)。「過激なプロレス」の称号を完全に新日から全日に移行した90年代、そして(プロレスの筋書きについての)暴露本以降も「ノアはケツ決めなし」を宣言、体現し、格闘技ブームに対抗してきた00年代、長年の激闘による疲労蓄積は並大抵ではなかったと推測される。
 ノアのTV放映打ち切りに象徴されるよう、斜陽・人気凋落といわれて久しいプロレスであるが、その厳しい状況下においても夢を提供してきた第一人者の死としてはあまりに悲しく、受け容れ難いものがある。かつて深夜放送に追いやられた時代に「深夜労働者・夜勤者のためのプロレスがあってもいいんじゃない」とサラリといってのけた三沢氏。その時代時代におけるプロレスの役割を理解し、その駒に徹しようとした真のプロフェッショナルといえよう。
 
 合掌。

2009年6月18日木曜日

株主総会

某産業機械メーカーの株主総会出席。

 いわゆる世界同時不況後初の総会ということで、例年になく厳しい総会が多いと聞くが、当会は、OBと思しき高年齢層や取引先などが多いのか、終始和やかなムード。

 以下、印象的であったポイント。
・90年代は在庫を6ヶ月で回す時代だったが、今は2ヶ月で回す時代。(カンバン方式、ユニクロ等の影響)
・今まではクルマ、欧米偏重型。これからは顧客の多様化・多角化をはかりリスクヘッジ。
・現在稼働率を落としている古い機械のreplacement に勝機あり。(使わない機械は早くダメになる。)
・売上減に対応した中長期計画で士気鼓舞。(例:シェア15%、売上原価率55%)

 工場見学までさせてもらったが、昨秋以降の景気後退で稼働率は低く閑散としていた。が、後退期というよりもむしろ空いた時間を社員研修にあてさせるなど有効活用し、来るべき復活のときに備え、せっせと仕込みをしているという印象が強かった。

2009年6月15日月曜日

世紀末の夢

名古屋ボストン美術館でのゴーギャン展。
 一介の印象派的(位置付的にはポスト印象派とされているが)画家に過ぎなかったゴーギャンが、タヒチ以降、楽園という個性を獲得し唯一無二のアーティストとなってゆく過程が見て取れる。
 神、悪霊、そして人間を陰影で表現しようと試みた「ノアノア」。
 タヒチ女性にイヴを見出した「かぐわしき大地」
 晩年の彫刻画「戦争と平和」。
 代表作「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」に至っては12人の人間と動物達、そして現地神など同じ大キャンバス上に散りばめ、彼の世界観・人生観を余すところなく表現している。人間だけでも無垢な赤子から夢を語る若い女性、禁断の実に手を伸ばしているように見える若者、そして死を目前に絶望にくれる老婆、とさまざまな年代の人間を表し、キャンバスという平面上において出来る限り時間軸を表そうと試みているかのようである。また、タヒチという場所の特異性を捨象し、地上の楽園も西洋世界も人間の生の本質は変わらない(生まれ、喜び、悩み、そして死ぬ)という普遍性を表現しているようにも見える。
 最後に、つい2ヶ月前までリニューアル工事していた当美術館の記念すべき特別展としては作品が少ない(その割には週末なので人は矢鱈多かった!)のがやや気になった。
 

2009年6月11日木曜日

09年3月期決算 純損益ランキング

上位5 億円 (カッコ内は去年)
1.NTT 5386(6351)
2.NTTドコモ 4718(4912)
3.三菱商事 3699(4708)
4.任天堂 2790(2573)←上位20で唯一の増益
5.武田薬品 2343(3554)

下位5
1.日立 ▲7873(▲581)
2.野村HD ▲7081(▲678)
3.みずほ ▲5888(3112)
4.トヨタ ▲4369(17178)←前年上位1
5.パナソニック ▲3789(2818)

東証一部の83%が減益、507社が赤字(前期比3.5倍)、今期も減収減益の見通し大。

 昨日の日経平均は8ヶ月ぶりの1万円台に迫る9991円で引けとなり、脱「リーマンショック」ムードが市場を支配しはじめているが、一旦縮小した消費市場はなかなか戻ってこない(任天堂、ユニクロ、マクドナルド等一部企業を除き)というのが大方の見解。

2009年6月7日日曜日

UEFA & NBA 08‐09

 バルサが圧倒的強さを見せつけ、幕を閉じた今季のヨーロッパ・フットボールシーン。前人未踏のChampions League 2連覇に最も近いと思われた今季のマンUであったが、決勝を見るにつけ、今季はバルサのためのシーズンであったというしかない。Cristiano Ronaldo も昨季の神がかり的なパフォーマンスほどではなしにしろ、今季も期待に応える活躍を見せてくれた(3年連続Premier制覇という偉業がその証)。が、今季のバルサに勝つためにはそれこそ神の出現が待たれた。Messi、Eto'sら前線だけではない。Xavi, Iniestaをはじめとする中盤以降の層の厚さ...バルサ黄金期の幕開けを感じさせる今季であった。
 その他、PremierではSpursが8位と惜しくも次期EL出場権を逃し、名門Newcastleが降格決定。リーガではVallenciaが後半失速、6位にとどまり、かろおじてEL出場権獲得。ブンデスではBayernが2位、Bremenに至っては10位と昨季のワン・ツーが期待外れ。リーグ・アンではBordeauxがLyon時代終焉を告げる10季ぶりの優勝。来季も強豪そろい踏みのChampions Leagueは要注目だ。

 NBAは09Final(Lakers×Magic)が始まったばかりだが、ここでは今季ドラフトの目玉、Ricky Rubio(Spain)について少々。北京五輪でのアメリカとの決勝戦で一躍ブレイクしたRicky Rubio。ただ、少年時代からその天賦の才には国内外とも高く注目しており、代表選考・北京五輪での活躍は彼が順調に一流PGの道を進んでいる過程に過ぎない。また、彼自身にとって、五輪での決勝はNBAを肌で感じ、海を渡ってプレーすることの大きな後押しになったようだ。現在、DKVホベントゥトというスペインリーグ(ACB)配下チームに所属、契約は2011年までで契約買い取り額は€6M(約8億円!)に設定されている。注目の入団先は未定であるが、HOOP誌の特集によると、BrazersでBrandon Roy等とのケミカルを起こすもよし、あるいはSunsにてNashの後継者として君臨するもよし、と希望的観測のオンパレード。北京五輪で衝撃を受けた私個人としては、それほど強豪とは言えないチームでまずキャリアと経験を積んでほしいと思う。とにかくこの金の卵は絶対にうまく育て上げてほしい。

2009年5月31日日曜日

継続は力なり

まだ始めて1年半のこのブログ。
 未だにコメント数0と不甲斐無い状況が続いているが、もともと自分の気持ちの整理、備忘録という意味合いが濃くその点は致し方ないと思っている。ただ最近更新ペースが落ちてきたのは事実。環境の変化、それに伴う精神的疲弊、怠惰...いろいろ理由は考えられるものの、それに甘えてブログひとつ続けられない自分が情けない。
 ブログだけではない。最近、腹周りの贅肉が気になるし、交友関係の拡がりも停滞気味、休日や帰ってからはダラダラとネット・サーフィンで終わってしまう毎日。すごく非建設的、時間の浪費甚だしい日々の連続である。誰しもこういう時期はあるかも知れないが、この状態が続くようであればダメ人間まっしぐらなのは間違いない。期待をかけてくれた天国の祖母も悲しむことであろう。 
 この夏は久々に資格試験の勉強にも取り組みたい、もっとIT・語学スキルに磨きをかけないといけないと思っている。6月から心機一転m目標を見据え時間管理をしっかりしつつ生きてゆこう。
 

2009年5月22日金曜日

祖母に捧げる

去る5月19日、ついに祖母が他界した。
 車椅子生活になって2年半、特にここ半年ほどは意識も随分薄れてきたところであった。
 終末医療の問題、介護の問題、家族の絆、そして葬儀関係、この2年半の祖母の病床生活を見る中で、いろいろな問題を体感し、そして勉強した(私よりも最前線でそれを体験したのは親の世代であるが)。そして、またこれは親の世代が病床に伏した時にさらに最前線で繰り返さなければならない問題である。

 老いとは何か、生きている間に何をなすか、そして幸福な死とは...。

 住職曰く、この世で3つ何人においても平等なことがあるという。
 ひとつは、誰しも裸一貫で生まれてくるということ。
 二つ目は、誰しも1年にひとつずつ年をとるということ。
 三つ目は、誰しも死を迎え旅立つということ。
 
 湯灌、出棺、火葬...鴨川のせせらぎと大文字山を見守られ、花山の深き緑と鳥のさえずりの中、約一世紀にわたりこの世の生を全うした身体を昇華し、そして今やっと大好きな家に帰った祖母。
 安らかにお眠りください。合掌。

2009年5月14日木曜日

新緑の季節に

 5月の京都といえば、緑深き東山、葵祭、全国からの修学旅行生達。
そんな中ひとつの命が終焉を迎えようとしている。人工呼吸と点滴で半自動的に働かされる心臓。しかしそれも次第に弱ってゆき...約100年もの間、永久機関のように動き続けた心臓...最後まで生を全うするとはかくも苦しいものなのか。大正・昭和・平成、戦前・戦中・戦後、活動写真・テレビジョン・インターネット、乱歩・横溝・貴志祐介...。私の約3倍の人生はかくも濃く、歴史の証人である。こうして、ひとつの時代が終わっていく。
 
 皆が元気で仲の良かった約30年前。あれから、家の周りはいろいろ変わりました。ただ、一緒に石投げをした鴨川の流れは今も昔も変わりません。

2009年5月10日日曜日

ムンバイ熱い

“Slumdog Millionaire"

 あの“Trainspotting”のDanny Boyleがインドの小説を映像化。「トレスポ」のイメージから、ちょっとダークでぶっトンだ世界観が見られるかと思えば、意外にストレートで熱い青春モノ。物語はスラム出身の青年がインド版「クイズミリオネア」(日本でもみのもんたでお馴染み、オリジンはイギリスだとか)で最後まで勝ち進むが、その答えをどうして知ったか、を軸に進んでゆく。主人公の生き様は、カーストから高度経済成長へ、ボンベイがムンバイとして世界の中心(ITハブ)に成り上がるインドそのもの。汗と埃と臭いにまみれた
青春、うだるような暑さが画面を通じて伝わってくる。いい話であるが、全くヒネリのないハッピーエンドが少々マイナスポイント。世界中が絶賛という前評判には少し首を傾げたくなるが、熱く目標に向かって生きたい時にはおススメの作品。

2009年4月27日月曜日

最近の漫画

「闇金ウシジマくん」(真鍋 昌平、2004~ ビッグコミックスピリッツにて連載中)

 日本というのは漫画が世の有象無象を斬り、娯楽としての域にとどまらず、文学としての役割を担っている
特異な国だ。だからこそ、老いも若きも、果ては首相までも夢中になる。そんな国のひとつの到達点というべき作品か。00年代後期、この病んだ国に住む人々の生態を描写し、いわば下層人間の生態図鑑ともいえるこの作品。連載初期は過激な暴力描写と救いなきストーリー展開で、まるで添加物ごってごての後味の悪いコンビニ弁当のような話が多いが、次第にスルメのように、噛めば噛むほど味が出る作品へと変遷を遂げている。(転機は「フーゾクくん」編あたりか?)
 個人的に一番好みなのは、「肉蝮」や「豚塚」ら強烈Sキャラの祭典となった「ギャル汚くん」編(でも、一番残酷なのは樹海でギャル汚を縛り虫寄せのハチミツをかけるウシジマ!)。そこから「フリーターくん」編(35歳でゲーセンだけが輝ける場ってのもつらいな~)、「サラリーマンくん」編(漫画で涙腺が緩んだのはいつ以来だろう…)に至る流れが秀逸。徐々にウシジマが前面から引き、そのシリーズの主人公(生贄?)の一人がたりがストーリーを引っ張ってゆくようになってきている。
 90年代はサイコ的な人間の中に巣食う魔物を取り扱った作品がもてはやされた時代であったが、今やネットの普及により、誰しもが自らの暗部をさらけ出し、また他者の暗部にも身近に接することができるようになった。むしろ、格差社会といわれる現在、自分と違うクラスターの人間のリアルな生態に、特に闇金に手を出すような稀有(なのか?)な人間の生態にこそリアリティとエンタメ性を見出せる時代だといえる。
 「ウシジマくん」も最近は安い命の強烈キャラが少ないような気がする。そろそろ、社会問題とは別次元で暴れまくるキャラが見てみたい。(肉蝮の再登場に期待!)

2009年4月26日日曜日

「俺達に明日はない」 in HK

原題「英雄本色」/英題 “A Better Tomorrow”/邦題「男たちの挽歌」(1986) 

 今をときめくJohn Woo監督の出世作として名高い本作。後のタランティーノ作品にも多大な影響を与えたとまでいわれると(by wiki)、遅まきながらこれを見ないわけにはいかない、と思いTSUTAYAに直行。
 
 そして見終わった今、すごく心温まる気分である。バイオレンスシーン多数、死者の数も夥しいと思えるこの作品が何故これほどまでにジーンとくるのか?その要因は登場人物の熱さ、人間臭さに尽きると思う。そして、彼らが裏切りと報復というやや単純なストーリー展開の中で、友情や家族愛を確かめ合いながら必死に生きていく、その姿が健気で共感を誘う。(「キン肉マン」「北斗の拳」「シティ・ハンター」…往年の少年ジャンプを思い出す)

 胸に大きな野望を抱くマークことチョウ・ユンファもカッコいいが(二丁拳銃使いのガン・アクションは圧巻!!)、昔の仲間と警官の弟との間で揺れ動くホーことティ・ロンの哀愁あふれる佇まいにしびれる。バイオレンス映画・ノワール映画の最高傑作の一つであることは間違いない。

2009年4月16日木曜日

日本の桜百景


標記に選ばれた名古屋・山崎川にて。今年の桜のベスト・ショット。

2009年4月15日水曜日

京都再び

 春の京都にみたび。昨年は都をどりを、一昨年は蹴上インクラインを堪能し、半ば恒例となっているこの時期の地元帰還。今年は入院中の祖母の容体悪化という現実的課題と向き合うための時間となった。三日前から酸素呼吸器を据え付けられ絶食状態の祖母は、かろうじて目は反応するものの、言葉でのコミュニケーションも断ち切られ、非常につらい再会であった。昨年の今頃は車椅子を外に連れ出すこともできたのだが、今年はついに桜も見せれぬまま。。。あとは、いつ最期を迎えるのか、そして安らかな残り人生を祈るのみである。
 鴨川では例年どおり若者達が新歓コンパを繰り広げ、今年も新たな世代が京都に入り、またこの街を元気にしていくのか、と実感する。高速休日割引の影響が懸念されたが、車の渋滞はさほど苦にならず。ただし街中の観光客は例年並の多さ。日本最強の観光都市は不動である。

2009年3月22日日曜日

WBCは果たして?

 日本中が歓喜の渦に包まれたWBC。原監督もイチローも結果が出てホッと胸をなでおろしているところであろう。松坂、岩隈、杉内、青木、中嶋、内川...彼らのプレーには風格と凛々しさがあり、本当に素晴らしかった。肝心なところで打たれたダルビッシュも、この経験を機にさらに大きくなって4年後帰ってきてほしい。
 さて、このWBC、興行的面から見ていかがであったであろうか。
 まずはシステム。今回、日本が韓国と5度対戦したことに象徴されるよう、リーグ編成若しくはトーナメント組み合わせの偏りが顕著である。さすがに4度目の対戦あたりでは「また韓国か」と辟易したファンも多くいよう。一説には米国が有利に進めるよう日・韓・キューバを予選ラウンドで固めたと云われる(カストロ前国家評議会議長)が、そのような思惑がなくとも、今回のような対戦相手が偏る編成は興行的に盛り上がりに欠ける。MLBやNBAの地区優勝制がベースになっているのであろうが、世界一を決める大会ではワールドカップ形式のシャッフル制の方がより多彩な組み合わせを楽しめて見る側には面白いであろう。そして、球数制限。多くの投手を見られるというのはメリットかも知れないが、ひとつのconstraint が増えるというのはやる側にも見る側にもストレス。MLB開幕前というのを気遣い過ぎた変なルール、としか映らない。次回には撤廃されていることを望む。
 次に開催国及び参加国。今回も前回同様、米がホストとなり、決勝ラウンドは由緒あるLAのスタジアムで行われたが、この構図は保たれるべきである。(この舞台で決勝をやることに意義がある、と思う。)予選ラウンドは地域シャッフルであれば今回4強の国あたりがホストするのが妥当かと思われる。参加国は今回の16ヶ国から次回は24ヶ国に増えるそうだが、どの国が新たなメンバーになるのか興味深い。もともと野球の認知と各国のレベル向上がWBCの使命だけに、あまりにレベルの低い国を寄せ集めても興醒めだし、かといって現有勢力だけでは拡がりを持てない。(格段に進歩している中国やまさかの1次予選突破のオランダあたりにそのヒントはありそうだ。)
 4年後の2013年は五輪での種目から外れ、いよいよWBCが真の意味で"Classic"となれるかの試金石(いわずもがな日本二連覇の価値を高める大会)、MLB機構をはじめとする主催者の本気を見てみたい。
 

2009年3月20日金曜日

理想の一日

Weekdayの会社帰りにジムに行く。
すぐ実行できそうなのになかなか出来なかったことが実現。
(5年ぶりくらい?)
春の陽気、自転車通勤、体調の回復と仕事環境の変化。
全ての条件が完璧であった。
久々に充実したノー残業デーを過ごした。
問題は継続できるかどうか。

2009年3月9日月曜日

ありがとうラン

あれから一年。
 名古屋にQちゃんが帰ってきた。去年のような苦悶の表情ではなく満面のさわやかな笑顔を携えて。「高橋尚子 ありがとうラストラン」と謳われた今年の名古屋国際女子マラソン。レースはスローペースながら、終版での順位の入れ替わりもあり見ごたえはあったと思う。優勝は長身の藤永佳子(27、資生堂)。何度も先頭集団に引き離されながらまた食らいつく粘りの走りであった。
 そして、高橋尚子42.195kmずっと笑顔を絶やさず沿道のファンに手を振りつつ、3時間を切るなど、人間業ではないと思う。この人は、走るために生まれてきた人。これからも笑顔を絶やさず市民ランナーの星になってほしい。勇気をありがとう。

2009年3月1日日曜日

墜ちゆく人生の三重奏

「忌憶」 小林泰三

 学生時代からの知り合い、藤森直人・三輪博美・田村二吉それぞれを巡る悲惨な物語。
 一作目「奇憶」における藤森直人のダメ人間ぶりはかなりインパクト強い。が、パチンコにおける景品交換制度の考察(筆者特有のプチ・マニアックな世界が展開されている)を見るに、彼は決して頭の悪い人間ではない。が、何かにつけて無計画・快楽主義的な性癖が彼を悲惨な結末へと導くことに。ここにチョイ役で博美と二吉を登場させ後二作の伏線を作り、本書は見事、連作オムニバスへとステップ・アップする。
 二作目「器憶」はさほど斬新さはない為、割愛させていただく。
 三作目は映画「メメント」を活字化し、より思考的要素を取り入れた意欲作。時系列的には一作目の結末からの続きであるが、藤木の悲惨な末路を上回る悲惨な人生を強いられる二吉のカオスぶりには同情を禁じ得ない。「メメント」を見た方ならわかると思うが、もともと論理的に破綻した設定を主に据える物語は非常に難しい。が、そこに果敢に切り込むのが、かつて「酔歩する男」や「海を見る人」で読者を量子力学とエンタメの融合の世界に導いた小林泰三にほかならない。そして、そこに事物の本質をさりげなく折り込むのも、小林泰三その人である。二吉が最後、常人以上の集中力で理路整然と考えを整理した中に散りばめられたフレーズ「人間とは記憶の集積」、そこに本書の真実がある。
 

2009年2月23日月曜日

女性の執拗・残酷性

「マイ・ベスト・ミステリーⅢ」
 日本推理協会会員たる作家陣達の自薦作品とお気に入りの他者作品をまとめたアンソロジー。本作は恩田陸、篠田節子、高村薫ら今をときめく女流作家が一同に会する超豪華版。(馳星周、山田風太郎らの作品も収録)

 期待度一番の高村作品は枯れ過ぎ・短過ぎ、次いで期待の恩田陸作品は意味不明のお花畑調(私の想像力の欠如?)だった中、ナンバーワンは篠田節子『青い空』、次いで強烈な印象は岩井志麻子『魔羅節』。2作とも主人公が肉体的・性的暴力を受ける場面がハイライトであるが、描写があまりにも陰惨で救いがない。この残虐性は男性作家では出せない負のエネルギーが感じられる。

 馳星周と山田風太郎は初読みながら、肩の力を抜いて楽しめる作品。馳氏と彼の選の大藪春彦氏など、普段手に取らないであろうジャンル(ハードボイルドというかチンピラもの)を垣間見ることができたのも、アンソロジーの醍醐味。

 各作家の一押し作品も粒ぞろい。寿行)。夢野久作「瓶詰地獄」(山田氏推薦)、武田泰淳「ひかりごけ」(高村氏推薦)など超有名作品もあるが、お勧めは篠田氏推薦の西村寿行「痩牛鬼」(前出の「青い空~」はそのオマージュとなっている)。松阪牛用の牛にスポットを当て、日本の歪んだ食肉文化を炙り出した当作品は食肉業界関係者が見れば黙ってはおれない作品であろうが、読んでいるうちに、本当に私たちの食べているのは牛肉なのか?という疑念にかられるのは必至。
 
 誰が誰をルーツに持っているのか、という点でもこの手の企画は非常に興味深い。

2009年2月15日日曜日

メタ小説の真髄

「人獣細工」小林泰三
 表題、「吸血鬼狩り」、「本」の3部収録。バイオホラーをユーモアとペーソスで彩った少女の半生記、8歳で殺人鬼となった少年の独白、という前二作もそれぞれ面白いが、圧巻は最後の「本」。
 本作は二重三重にもストーリーが交錯するいわゆるメタ小説構造となっているが、その中の作品「芸術論」が実に興味深い。この部分だけスピンオフしてもかなり面白い作品になるのではないだろうか。「芸術論」はその名のとおり学術的論文の体裁を下敷きの文章に「名づけられざる土地・ゲリル」を舞台にしたファンタジー・フィクションを絡める、というと少し荒唐無稽に聞こえるかも知れないが、どのスタイルでも適応できる筆者の力量に改めて感嘆してしまう。「芸術は情報だ。」という理念は筆者のベースであり、物事の本質をとらえた名言であると思う。また、共生生物の生態解説の後に「PCにおけるハードウェアとソフトウェア」のトピックスを持ってくるあたりは(最初は何の話だ、オイと思いつつも)、筆者こそは知的欺瞞の名手であり、一介のホラー作家ではないことを伺い知ることができる。
 結論:小林泰三=アカデミックとエンタメを縦横無尽に行き来できる稀有なる作家

2009年2月12日木曜日

図書館発オムニバス

「鼻」 曽根圭介
 Irvine Welshの"Filth"を彷彿させる表題も面白かったが、個人的には、今の格差社会を究極的に日常生活に落とし込んだ「暴落」がヒット。もし個人株を売買する株式市場が存在すれば、というシンプルにして誰もが思いつかないような目のつけどころが面白い。もう一作「受難」はカフカや安部公房の不条理小説の設定よりポップにした作品。
 小林泰三が現代の夢野久作とすれば、曽根氏は筒井康隆か星新一か、もしくは日本のIrvine Welshになるのか。これから作品を重ねるにつれ、どのようなポジションを獲得するのか興味深い。本作に収められている三作のテーマをざっくり一言で表すと、「格差社会・ゲーム脳・差別」ということになろうが、これは筆者の早大中退→サウナ従業員→漫画喫茶店長→無職、という異例の経歴と無縁ではないであろう。自らあえて人生の階段を順調に下ることに喜びを見出し、社会の底辺を見てきた視点で描かれる世界はどのようなものか、今後の作品に期待したい。

2009年2月10日火曜日

NHKスペシャル「職業“詐欺”」。
 なかなか沈静化しない「振り込め詐欺」。平和な老後を急に切り裂くその手口は許しがたい、と常々感じていたが、今回の番組でスポットがあてられたその背後にある犯人グループの構図・思想には戦慄を覚えざるを得ない。
 詐欺により多額の収益を得る集団は、どこも企業並みに組織がしっかりしている。そして、トップは金への執着が強いそこそこのインテリ、経営者気取りである。ある者は詐欺の手先を「店舗」とよび、「○○店は2000万円売り上げた」などほざく。
 この犯罪に手をそめる者の典型として2タイプをクローズアップ。ひとつはいい大学・進学校からアウトロー化したいわゆるエリート崩れ。彼らの原動力は同級生・同世代へのコンプレックス。その優劣を測るモノサシとして「カネ」が最上位概念にくる。もうひとつは、フリーターやワーキングプアーなど根なし草層。彼らは生活のためなら何でもやるので使い勝手がよい、というのが組織上部の考え方。実際、番組中にも出てきたが、寝食に困る者がそれを保証するとの甘言を受ければ、コロッと犯罪に片棒を担ぐのも厭わないのは大いにあり得そうな話である。(また、就職氷河期に突入した現在は、就職浪人層も組織犯罪の貴重なターゲットとか。)
 前者タイプである31歳のヘッドの言葉、(自宅である高層マンションの一室から夜景を見下ろしながら)「みんな、オレオレやりまくれ」が頭から離れない。

2009年2月9日月曜日

Connecting the dots

表題はSteve Jobsが2005年StanfordのCommencementでのスピーチから。
 人生は振り返ってみる点をつないで今がある、というのがその趣旨。過去の出来事がつながっているということはある種安心感をもたらす。未来に向けて点をつなぐ、という作業は難しいが、点を作るためには行動を起こさないといけない。
 他の引用から、もうひとつ印象に残った言葉。(ある有名若手起業家のトークから)「MBA留学が現在の仕事に役に立っているかどうか、正直わからない。が、ジムに行ったのと同様、何か鍛えられたような気がする。」
 ではまた。

2009年2月2日月曜日

1秒だけ財務諸表を見るなら

 (本来は「本」のカテゴリーに加えるべきなのであろうが、内容があまりにも実務的すぎるので、「ビジネス」カテゴリーに。)

 表題の答えは「流動比率=流動資産/流動負債」。
 ちなみに、短期的視点からは、「手元流動比率=(現預金+1年以内に売却予定の有価証券)÷月商。日本企業の標準は1~1.5。(高過ぎてもM&A対象になるリスク有)
 あとは、
 ・D/E ratio:WACCの本来意味するところとして、DE-ratioが良いことが将来的に必ずしもいいというわけではない。
 ・ROA≧WACCであるべき。資本コストを上回る利益率の必要性、営業利益ベース。(M&A戦略として、資産は買収当初は膨らむがのれんの償却により徐々にROAが向上する、というシナリオ。)
 ・ROE:低いほど買収の対象に(LBO。自己資本比率を下げると同時にROE向上)。純利益ベース。

 その他、基本的なところであるが売上高―変動費=貢献利益。貢献利益―固定費=利益。
 ・イオンがダイエーを子会社にしない理由:資金調達戦略の違い。(著書当時のイオン:自己資本増強による拡大路線、ダイエーを連結化すると自己資本比率が著しく下がる。)持分法によるP/L処理=持分に応じた損益が「営業外損益」として計上される。
 ・JAL/ANAの早割とホテルの遅割との違い:競合の有無による
 ・楽天のセクション別収支:07年度においては野球事業のみ赤、利益率ベースの稼ぎ頭は証券事業であったことなど面白い
 ・小林製薬のPPM戦略
 ・三菱商事の戦略転換:総合商社から総合投資会社へ
 ・花王がカネボウを買収した理由:自己資本比率が高過ぎたゆえの決断

など、目から鱗の内容にあふれている。

2009年2月1日日曜日

有用な資格とは

世の中に資格は数あれど、どれが(実務面で)果たして有効なのだろうか。興味本位で以下4つをピックアップ。財務・法務・IT・語学といったビジネスの華から

①FP技能士
 3級の合格率は60%、2級技能士<AFP。CFPはさらに国際対応。AFPの試験は1、5、9月。

②BATIC
  財務・会計版TOEIC的位置づけ

③ビジネス法務
 2級は事前勉強20HでOK。1級は難関

④Microsoft社認定、MOS
  (やや若年層向けか?)

⑤スペイン語検定
DELE 4~6級が初級、3級が中級、2級以上が上級。初級は6月21日と10月25日の2回の予定。

まずは①、次いで⑤(とりあえずは趣味の延長から)が当面の目標か。

2009年1月26日月曜日

On the surface of our planet

『"Deep Blue" を見て"Earth" は完結する。』の謳い文句に誘われてついつい手を伸ばした"Deep Blue"。
 深海版Spin-off作品"The Deep"も衝撃映像満載であったが、本編はその圧倒的映像力で海の神秘性を余すことなく見せてくれる。醍醐味は狩りのシーンか。沿岸までオタリアを追い詰め襲いかかるシャチ(バレーボールのように空中を舞うオタリアの哀れこのうえない…)、一瞬にして餌場に群がるイタチザメの集団、“海のチーター”メカジキの素早さ、イルカとウミネコが水陸からイワシの大群を狙い、海は食べ放題状態に…。今日も地球上の7割の空間ではこんな光景が繰り広げられている。

2009年1月25日日曜日

Inauguration

いよいよBarack Obamaが第44代大統領に就任、新しい4年間に向かってアメリカが船出をした。
 多くの矛盾を抱える国、多くの同盟国と同時に多くの敵を持つ国、そして今はボロボロに傷ついた状態である。喫緊の課題はイラク戦争と経済問題とのこと。08年初めて国内消費が減に転じたという報を受け、小生は、さすがのアメリカ人も自分たちの消費行動の異常さに気づきはじめたのではないか、という印象をもった。(3年以上前になるが、向こうのSCやDiscount Storeに行くカートに何でも入れていく彼らは、ある種常軌を逸しているとしか思えなかった)
 そうした異常な消費行動と戦争により支えられてきた世界経済。それを見直さざるを得ない時代に差し掛かっている。Obamaが伝えたかったのはChange や Hope といった言葉ではなく、地に足をつけて自らを悔い改めRestartしなければならない、ということではないだろうか。いずれにせよ、既に賽は投げられた。この船の動きを見守るしかない。

2009年1月18日日曜日

転機

「余人を以て代え難し」 一組織人としてこれ以上の称賛はない。
他方、明日わが身が死んでも何事もなく機能する組織、これほど理想的なものはない。
企業とは不要な人間に非常に冷徹なものである。そこに生きるからには自己を磨かざるを得ない。
鞍替えしても同じこと。むしろ鞍替えに必要な能力は今以上であること間違いなし。
何を食い、何を捨てるか。知力に限界が見える年齢に差し掛かり、求められるのはその取捨選択のセンスとタイミングか。

2009年1月14日水曜日

家電野郎

一年越しで遂に冷蔵庫購入。
結局、Sharp SJWA35P ¥59,500(送料無料、中古引取有り、ネットで最安値は58,000)
まずまずのDealか。

あと気になったのは空気清浄機とインクジェットプリンタ(2万円以内?)

昨年からの積み残し2

「情報」と国家戦略 by 太田文雄(前防衛庁情報本部長)
非常に実践的かつInformative。戦略とは何か、国益とは何か、国力とは何か、そしてそれらのoutputとしての各国外交・軍事は如何?殊に、日本においては戦国時代から21世紀の対テロ戦争までの長きにわたりデータと史実を踏まえて考察しており、国民性と戦争適性といった観点で読むのも面白い。

以下、要約
◆20世紀までの戦争と21世紀の戦争の違い:国家対国家から非国家組織
◆戦争の目的の変容:領土奪還から民族的独立・尊厳といったideological なものへ。
◆米軍沖縄駐在の理由:対台中、北朝鮮、東南アジア和平等の拠点としての必要性。仮にオーストラリア等に移転するとなると莫大なコストとinefficiencyが発生。
◆ネットワーク化された戦場:最新の戦争は通信衛星等を介した空海陸一体となった情報戦の展開がメイン。
◆各国戦略文化の比較:「政治>戦略>作戦>戦術」の4階層からなるHirarchyに基づく採点では、日・独は下位の階層では得点が高いが上位に行くほど低評価。米英とは逆。System Integration能力の差か。
◆徴兵制度の衰退:NATO16カ国のうち現在も徴兵制を採用しているのは5カ国(Denmark、Norway、Germany、Greece、Turkey)のみ。他は志願性。20年前(1988)志願性は米・加・英・Luxembourgの4カ国に過ぎなかった。
◆「孫子の兵法」の有用性:戦略を用いるべきときはいかなる時か、かの有名な「彼を知りて己を知れば百戦して危うからず」もインテリジェンスの有用性を語っている。

2009年1月13日火曜日

Rewind Movie

世の中にはこういうジャンルがあってもいいのかも知れない。時間を遡って完結する作品。
“Memento" (US 2000)
 10分間しか記憶がない主人公を中心に、破綻しそうなストーリーを何とか繋げながら、繰り返し映像を多様、明らかに低予算、アイデア勝負の作品である。見終わった後に釈然としないながらも、記憶とは何か、人生とは何かを考えさせられる小粋な作品。

2009年1月12日月曜日

ハマリもの②

Japanese Bug Fightsというサイトを御存知であろうか?
 タランチュラやサソリ、オオムカデ、オオスズメバチなど、毒々しい虫たちを透明の箱に入れてどちらかが死ぬまで戦わせる企画である。しかも格闘技イベントの劣化コピー的な実況がついてくるいかにもB級趣味、グロ趣味系マニア向けのシロモノである。しかも、全てArranged Battleであり、Wild Battle好きの自分から見れば、邪道極まれり、といったところであるが、そこに出てくるオドロオドロしい虫達のニックネームと名前が結構面白い。
 南米産大型毒蜘蛛 “ローズヘア”、中型毒蜘蛛 “キングバブーン”、東南アジアの肉食コオロギ “レオック”、猛毒死神サソリ “デス・ストーカー”etc.
彼らの死闘はまさに壮絶、毒が回ればそれまで優位に進めていたものも絶命する。そして個々のキャラが得意技を持っているのもBug Fightにエンタメ性を付加する大きな要素といえよう。悪趣味ながら、即物主義の好奇心をくすぐる好企画である。

2009年1月11日日曜日

ハマりもの①

 野生の王国といえば、アフリカのサバンナやアマゾン流域、東南アジア等、南半球のイメージが強いが、
北米大陸北部のツンドラ地帯も生存競争の宝庫である。注目すべきは獰猛な肉食動物の充実ぶりである。(ということは、当然ながらそのバトルの組み合わせも多彩である)
 Discovery Channelあたりをソースとする動画に頻出する主な顔ぶれは…
 ・Cougar(日本では“Puma”の方が一般的か)
 ・Grizzly
 ・Wolf(このあたりは説明不要でしょう)
 ・Lynx(オオヤマネコ、希少種)
 ・Wolverinne(日本名“クズリ”、獰猛さは随一)
 ・Golden Eagle(空からの刺客、Mighty U.S.A.の象徴)
 彼らの厳しい寒さの中で研ぎ澄まされた野性を最大限に発揮して果てしなき生存競争を繰り広げる姿に、闘いの原点を垣間見ることができる。(無論、南半球の動物達も必死さ加減は変わらないであろうが、)その気候的環境からか、どの種からも生き残りに賭けるストイックさを際立たせる。

昨年からの積み残し1

『インテリジェンス入門書』by 北岡元(慶応義塾大学出版会、2003)
 Customerからrequirementを受けて情報を加工・作成するのが「情報サイド」と呼ばれる人達。(企業に置き換えた場合、Customerは上司or経営陣といえよう)
 CustomerからのRequirement→データ分析→加工・生成→インテリジェンス配布
が一連の"Intelligence Cycle"の基本になるが、そこには様様な問題が介在し、また時代の変遷とともにCustomer側、情報サイド側それぞれの役割、各ステップにおける留意点なども変容しつつある。
以下備忘録:
 ①情報の種類にはHumint(人的情報)、Signt(信号情報)、Imint(画像情報)の古典的3分類法があるが、最近ではSigntImintを統合したTechint (Technical Intelligence)という概念を使っての2分類法もポピュラーになりつつある。
 ②「鶏と卵の問題」:Customerが現実を認識しないと適正なRequirementを発せない一方、Requirement1がないと情報サイドはIntelligenceを生産・配布してCustomerに現実を認識させられない。(Intelligenceの早期警戒機能の欠如)この問題を解決するにはIntelligence Cycleを回転させる初期の段階から情報サイドを噛ませていく、すなわり得るべき利益の共有化を図るしかない。(そもそも利益とは何かを明確にするのも十分に困難な現実認識であるが…)
 ③Disinformation: 偽のinformationを公開することで受け手を混乱さえたり誤った判断に導く手法。情報公開の背景にある意図には常に注意しなければならない。
 ④Third Party Rule:誰が利益を解釈するか。他者が任意に提供してくれたIntelligenceをその他者の許可なしに第三者に流してはならない。(提供する者の方が提供される者よりもIntelligenceに近く、そのIntelligenceを巡る競合関係をより良く承知している=利益の競合関係による秘匿)

2009年1月8日木曜日

Lameduck下の混乱

2009年が明けた。
 昨年末来、イスラエルによるガザ地区侵攻(最新情報によると一日おき昼の3時間停戦の協定を結んだとのこと)、ロシアによるウクライナへの天然ガス供給停止と、大きく2つのケースが泥沼化している。いずれも、米政権の交代を控え、コントロールが利かなくなった国際社会の間隙をついた動きと思われる。USの方は、オバマ政権誕生まで約2週間、今年に入って期待先行なのか株式市場は堅調であるが、公共事業依存型のマニフェストを疑問視する声もあり、経済政策は非常に困難を極めること必至。加えて、閣僚組の辞退があるなど、予断を許さない状況にある。今年は果たしてどういう年になるのであろうか。
 遅ればせながら、本年もよろしくお願いします。