"SAW 6"(2009)
シリーズを重ねるに連れ、描写の凄惨化と"Jigsaw"の神格化だけが進行し、第一作を超えられない典型になった感のある"SAW"。今回もMTVのRealty Show "Scream Queen"(同系の企画としては最高にイロモノ、バカバカしくも楽しかった)を勝ち抜いたタニ―ドラが出演するというのが唯一の鑑賞動機。
が、意外にストーリーやゲームも練られていて楽しかった。冒頭いきなりタニ―ドラ。自分の腕を切る迫真の演技。うーん、やはりこの役はライバルのミッシェル(スタイル自慢の小生意気な西海岸系ネーちゃん)やアマンダ(?巨乳ポッチャリ系美形の元子役)にはハマらない(っていうか可哀そうすぎる)、とまず納得。
今回の生贄は保険会社社員。アメリカでは社会問題化している医療保険の未払い(不払い)というテーマを絡め、計算式で他人の人生を左右する保険会社社員への因果応報という非常に解りやすい懲罰動機。そして今回の「拷問装置」の目玉は何といっても人がグルグル回って銃口の前にさし出される「地獄のロシアン・ルーレット」。ルーレットの「弾」と化した保険会社社員同士の罵り合いは恐ろしく醜いが滑稽である。
自らの手で部下の殺生を決めるという拷問をくぐり抜け心身ともにボロボロになりながら何とかラストステージに辿り着いた社員と、シリーズ3以降でJigsawの後継者としてドSぶりを遺憾なく発揮してきたHofman刑事がともに最後に気づくのが…タイトルの言葉につながるわけである。保険社員は、今まで冷たくあしらってきた貧しい顧客の家族に、そしてHofmanはJigsawの最愛の娘の手に、自らの生死を委ねられる。
もはや年中行事として定着したSAWの新作発表、SAW7は今のところ3D、Dr. Gordonの復帰という噂が聞こえてくるが、個人的には、Hofmanのキックアウトによる残虐性の軽減、よりゲーム性重視のエンタメ化という原点回帰を希望する。
2010年5月5日水曜日
2010年5月2日日曜日
1年越しのGW映画
“Gran Torino” by Clint Eastwood
久々に文句なく「面白い」と思える映画に遭遇。去年ハイプバリバリの“Slum Dog Millionaire”なんか観に行くんじゃなかった、と後悔しきり。
くしくもこの映画のテーマも「後悔」。悔いの連続を人生の締めくくりに向かう偏屈老人が最後に出会った隣人、アジア人の冴えない少年。彼もまた、同民族のチンピラにそそのかされ、老人の愛車“Gran Torino”を盗もうとした悔いを原点に生きる。
作品は差別・偏見・暴力のオンパレードである。が、決して不快感はなく、むしろアメリカの都市部に住んでいたなら覆い隠されて気付かないでいる部分(人種ごとのセクショナリズム)、あるいはあえて触れようとしない部分(タブー)が、中西部の辺鄙な田舎を舞台にすることにより、ストレートにあぶり出され非常に爽快感がある。Clint演じる主人公が、前述のアジアの少年に“Man's talk"を教えてやるといって、床屋に連れていくシーンは最高に笑える。(床屋の親爺とClintの掛け合いはSuper cool!)
思っても言わない「知識と教養がある善良なアメリカ人」と、そんなアメリカ人とは普段なかなか交わることのない「順応性が高く勤勉ながら閉鎖的なアジア人」という化けの皮を見事にまで崩してくれた巨匠の腕に感服する。この作品を最後に監督業に専念するという噂もあるClint Eastwood。もし本当だとしたら、名優の引き際としてこれ以上相応しい作品はないであろう。
この作品から個人的に想起されるのは"American Beauty"(1999)。言うまでもなくGeneration X以降の「歪んだアメリカ」をさらけ出し、アカデミー賞に新たな境地を拓いた秀作であるが、"Gran Torino"は同じ「歪んだアメリカ」を老匠Clint の眼がどう捉えているか、という観点から見ても興味深い。
久々に文句なく「面白い」と思える映画に遭遇。去年ハイプバリバリの“Slum Dog Millionaire”なんか観に行くんじゃなかった、と後悔しきり。
くしくもこの映画のテーマも「後悔」。悔いの連続を人生の締めくくりに向かう偏屈老人が最後に出会った隣人、アジア人の冴えない少年。彼もまた、同民族のチンピラにそそのかされ、老人の愛車“Gran Torino”を盗もうとした悔いを原点に生きる。
作品は差別・偏見・暴力のオンパレードである。が、決して不快感はなく、むしろアメリカの都市部に住んでいたなら覆い隠されて気付かないでいる部分(人種ごとのセクショナリズム)、あるいはあえて触れようとしない部分(タブー)が、中西部の辺鄙な田舎を舞台にすることにより、ストレートにあぶり出され非常に爽快感がある。Clint演じる主人公が、前述のアジアの少年に“Man's talk"を教えてやるといって、床屋に連れていくシーンは最高に笑える。(床屋の親爺とClintの掛け合いはSuper cool!)
思っても言わない「知識と教養がある善良なアメリカ人」と、そんなアメリカ人とは普段なかなか交わることのない「順応性が高く勤勉ながら閉鎖的なアジア人」という化けの皮を見事にまで崩してくれた巨匠の腕に感服する。この作品を最後に監督業に専念するという噂もあるClint Eastwood。もし本当だとしたら、名優の引き際としてこれ以上相応しい作品はないであろう。
この作品から個人的に想起されるのは"American Beauty"(1999)。言うまでもなくGeneration X以降の「歪んだアメリカ」をさらけ出し、アカデミー賞に新たな境地を拓いた秀作であるが、"Gran Torino"は同じ「歪んだアメリカ」を老匠Clint の眼がどう捉えているか、という観点から見ても興味深い。
未知の世界
30代半ばにして行ってきました、人生初サーカス。世界3大サーカスの一つ、木下大サーカス!
場所は名古屋の白川公園。GW5連休の初日、後楽園ホールよりやや狭いと感じられるテント内には人がぎっしり。1000人は下らないであろう。やはり小さなお子さん連れが目立つ。
一旦開演してしまえば、あとは目の前で繰り広げられるスペクタクルに身を任せる夢心地の2時間。アクロバティックな人間舞踊に始まり、一触即発の「ライオン・トラ・ライガー」ショー、癒しタイムの象さん曲芸、3台のバイクが球形内を走りまくるオートバイショー(ちょっとうるさい)、「7チェアー」と呼ばれる椅子の上でのバランスどり(TVと生では迫力段違い)、綱渡り・空中ブランコなど定番メニュー、幕の合間にはピエロによる客いじり(選ばれた)・・・、と映像や活字でしか知らなかった世界が次々と展開される。「見世物小屋」とはこのことだったのか、と。圧巻はアメリカ人デュオが命綱なしで自らの歩行により、両側が車輪状の天秤を回転させる“Wheel of Death”!! 単なる歩行ではなく、縄跳びや逆立ち、目隠ししてまでバランスを取る、その大迫力に思わず手に汗を握る。テクノ調ビートも相まって非常にカッコよく、「見世物小屋」の域を遥かに凌駕した「21世紀的サーカス」を感じる時間・空間であった。
会場を後にしたときに聞こえるライオンやトラの咆哮・・・オフィス街の目と鼻の先にある公園で猛獣たちが(公演期間の)約3ヵ月間も滞在し、また世界各国から来ているサーカス芸人やスタッフ達がプレハブで生活しているというシュールさ。この昔ながらの「旅芸人の一座」的な世界もサーカスがより妖しい魅力を放つ要素のひとつに違いない。
場所は名古屋の白川公園。GW5連休の初日、後楽園ホールよりやや狭いと感じられるテント内には人がぎっしり。1000人は下らないであろう。やはり小さなお子さん連れが目立つ。
一旦開演してしまえば、あとは目の前で繰り広げられるスペクタクルに身を任せる夢心地の2時間。アクロバティックな人間舞踊に始まり、一触即発の「ライオン・トラ・ライガー」ショー、癒しタイムの象さん曲芸、3台のバイクが球形内を走りまくるオートバイショー(ちょっとうるさい)、「7チェアー」と呼ばれる椅子の上でのバランスどり(TVと生では迫力段違い)、綱渡り・空中ブランコなど定番メニュー、幕の合間にはピエロによる客いじり(選ばれた)・・・、と映像や活字でしか知らなかった世界が次々と展開される。「見世物小屋」とはこのことだったのか、と。圧巻はアメリカ人デュオが命綱なしで自らの歩行により、両側が車輪状の天秤を回転させる“Wheel of Death”!! 単なる歩行ではなく、縄跳びや逆立ち、目隠ししてまでバランスを取る、その大迫力に思わず手に汗を握る。テクノ調ビートも相まって非常にカッコよく、「見世物小屋」の域を遥かに凌駕した「21世紀的サーカス」を感じる時間・空間であった。
会場を後にしたときに聞こえるライオンやトラの咆哮・・・オフィス街の目と鼻の先にある公園で猛獣たちが(公演期間の)約3ヵ月間も滞在し、また世界各国から来ているサーカス芸人やスタッフ達がプレハブで生活しているというシュールさ。この昔ながらの「旅芸人の一座」的な世界もサーカスがより妖しい魅力を放つ要素のひとつに違いない。
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