2008年4月27日日曜日

ノンフィクション書評4/4


シリーズ最終章は真打ちの登場。
田中森一『反転~闇社会の守護神と呼ばれて』
 先ごろ詐欺容疑で逮捕されたのが記憶に新しい氏の半生を綴った自叙伝兼暴露本。
 「ヤメ検弁護士」(検事を辞めた弁護士)として、総会屋・暴力団・バブル紳士など地検時代と反目する側の弁護士に転じた氏。彼もまた地検という組織の限界(=司法の限界)を目の当たりにし、人生自体を「正義とは何か」を追い求める壮大な実験場にした一人である。(前回の佐藤優氏が「国策捜査」という外的トラップにより人生の転機を迎えたのに対し、田中氏の場合、検事としてやり尽くしたうえで自主的に人生のベクトル方向変換を図っている。優劣の問題ではないが、常に現状をよしとせずリセットする勇気はRespectableである。)
 はっきり言って前半の立身出世的エピソードは陳腐。面白くなるのは弁護士転向後(87年以降)、政治家、宅見勝(山口組若頭)、許永中らの実在の大物が登場しだしてから。人物描写も含め一気に暴露本的要素が色濃くなる。
 印象深いのが弁護士転身とほぼシンクロするバブル時代の氏周辺の浮かれっぷりと自戒の弁。当時の蕩尽への執念は金の使い方を知らない者が金を持ったがために起きえた異常な状態だったとしている。前出の詐欺容疑以外にも別の詐欺(石橋産業)事件で実刑の確定している氏にとって、正義とは何か、なぜ弁護士に転身したのか、答えのないまま本書は締めくくられる。結局、氏は顔の利く弁護士として利用されたのか(例えばイトマン事件のI氏は彼を顧問とすることで他の名うての利害関係者からヘッジしていた)、それとも彼らを利用した彼の勝ちなのか(顧問料はピーク時で1100万円)、著者自身も知りえないところである。著者に限らず、住人同士の狐と狸の化かし合いに日々興じ、勝ち続けることこそが正義と錯覚してしまうというスパイラルにはまり、いつしか足元をすくわれるという闇社会はある意味、資本主義のむき出しの姿ではないか、と考えさせられる。本書は「闇社会の番人からの告白書」というのが世間的評価であるが、闇社会には、氏ですらまだ見ぬ踏み入れることのない深層があるという。さらには、検察組織に象徴されるEstablishimentにおいても闇は存在し、この表裏世界の闇はどこかでつながっているはずであると氏は推論する。この記述を含む終章の最後2つの項「バブルの決算」「日本社会の闇」にこそ著者の思いが凝縮されており、明確な答えがない中での氏の精一杯の現状認識として非常に興味深い。当シリーズの最後としてこれ以上ない最適の書である。

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