2008年5月4日日曜日

鬼才・天才・狂斎

 京都国立博物館へ河鍋暁斎没後120年記念展を見に行く。GW真っ只中の京都とは言え、予想以上の入場者数。もっとコアな人が来ているかと思いきや、ごく一般的なカップル・夫婦・親子(子は小学校高学年以上か)が意外に多く、幽霊・戯画・風刺そして笑い、と普遍的に時代が求めるもの、Entertainmentとしての芸術の本来の力を思い知らされる。
 森羅万象を描き、しかもそのいずれもが独自のフィルター(『ブラック・ユーモア』が陳腐だが最も嵌る言葉か)を通して暁斎ワールドに仕立て上げられているのお見事としか言いようがない。妖怪図、極楽地獄図のような人々のノスタルジーを喚起させるものももちろん良かったが、最も驚き、そして笑わせてくれたは、蟹と三味線(動物擬人化スキルには脱帽)、一休和尚と芸者・キリストと釈迦などありえないものを組み合せる想像力。歌舞伎座の緞帳といった大キャンパスに果敢に描く一方で短冊のような暦も手掛け、晩年になっても創作ペースが衰えるどころかますます真骨頂を発揮したという暁斎、描くために生まれてきたと言っても過言ではない。人生そのものが一つのスタイルで貫かれている。
 かつて、暁斎のベースとなってる室町時代の御伽草子をBosch, Brueghelといったルネサンス期のフランドル派と比較した美術史学者がいたというが、確かに暁斎の作品からは西洋的なものからの影響は存分に見て取れる。とはいえ、ほぼ同時代で、同じく地獄・屍・悪魔・処刑場などいわゆる暗部の題材を扱ったGoyaやCallotほどの全体を覆う暗さが感じられないのは時代背景の違いか。
 そろそろ時代劇の域に入ろうとしている明治時代であるが、この時代の天才が示したImaginationとCreativity、そしてSence of humor からは本当に学ぶべき点が多い。

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